いつかの、恋の話。

515hikaru
6 min readMar 24, 2020

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具体的なことは書かない。

昔、ある人を好きになった。自分は浮かれていた。よく覚えている。散々浮かれていた。

だけど告白したときに、思いもよらぬ返事がきた:「わたし、結婚してるの」

そこから、僕の迷走が始まった。

結婚している人を好きになった、まぁそれだけの話である。念の為先に書いておくと、別にやましいことは何もない。強いて言うなら1度くらい手を繋いだくらいのかわいいものだ。それくらいは大目に見て欲しい。

僕は彼女に囚われていた。結婚指輪もつけていなかったし、彼女は「あなたを好いている」と伝えた僕にさえも平然と接していた。内心がどうであったかは僕は知る由もない。

最初のほうこそ混乱した僕も、いつしか彼女とさらに頻繁に話すようになっていた。大学へ向かうまでの乗り換え駅、そこにあるスターバックス。暗黙の了解、だいたいこの時間帯にこの席に彼女は居た。僕はそこに”通って”いた。

なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。終わった今となればどう考えたって自分は近づくべきではなかった。だけど、告白する前よりもさらに僕は彼女に溺れていった。

その日々は楽しかった。心の底からそう思う。僕は平日の朝が楽しみでならなかった。彼女と話せるからだ。彼女とはなんでもない話をたくさんした。おいしいお菓子をもらった。おいしいコーヒーを飲んだ。たまに休日にふたりで出かけた。

でもそれだけだ。どこまで行っても、それだけだった。僕にできることは、それでいいのだと諦めるか、その幸せを手放すかの二択だった。

ある日、水族館に行った帰りに、僕は思った。「このままではいけない」と。悩んで、悩んで、でもどうしても問題を先送りにするかここで断ち切るかしかなくて。

僕は、問題を先送りにするのをやめ、彼女とのこの関係をやめることにした。それを決意したとき、僕は初めてウイスキーを飲んだ。バーという場所にいって初めて行って、飲み方はと聞かれて「アイスロックで」とかっこつけて言ったのを覚えている。アイスロックなんて言葉はないって気づくのはそこからしばらくあとのことになる。

いつだったか。僕は彼女にもう一度『好きです」と言った。何度言おうと彼女の返事はNoだった。知っていた。知っていたけど、寂しかった。

別れの日がやってきた。

彼女に「たぶん、もう来ないです」と言った。いつもの喫茶店、いつもの席。

僕だけが独りで店を出た。彼女にとっては、なんてことのないことだったのかもしれない。だけど僕は店を出た瞬間、涙が止まらなくなった。

僕は大学にいけなくなった。遊びにも出られなくなった。彼女と歩いた道を、彼女と行った場所を、何をしていても思い出してしまう。講義を受けていてもひとりでに涙が溢れる男に、居場所なんてなかった。

リストラされたサラリーマンのように、平日の真昼間に居るべき場所でない場所に、場に似合わない荷物だけもって僕は毎日外出していた。毎日泣いていた。地獄だった。誰も泣いている僕になんて気づかないことだけが救いだった。

でもその時はまだ、それが終われば、自分が泣き止めば、また以前のような自分が帰ってくるのだと信じていた。数学に熱中する自分とか、ただリア充に嫉妬できる自分とか、恋を知らない自分に戻れると思っていた。だから、僕は僕を殺そうとした。僕を殺すために僕は泣き続けた。

あれから何年も経つ。僕の日常は戻らなかった。この表現は決して”正しく”ないと思うけれど、敢えて書く。僕は、自分が人生で初めて、心の底から欲しいと願ったものを手に入れられなかった。その瞬間、全てがどうでもよくなってしまったのだ。僕はあのとき熱中していた数学をやめた。数学より大事なものを知ってしまったからだ。僕は大学院を休学するときに長い文章を書いた。だけどそれは嘘だ。僕が数学をやめることなんて、もっと前から決まっていたのだ。

いまこれを書きながらも、僕は泣いている。いつもそうだ、涙なしで思い出すことができない。身体が震え、心臓がバクバクいって、思い出すなと身体が訴えてくる。思い出すのをやめれば、この文章を書くのをやめれば僕は楽になれる。いつもそうして、楽な方へ逃げてきた。

だからこんなことを書くのに何年もかかった。

こんなことなんて経験したくなかった。僕はただ、普通に生きたいだけだった。もう5年以上経つ。時間が解決してくれるって安易に人は言うが、時間が解決できないことだって少しはあるのだと知った。僕はいまだにあのときの出来事に囚われている。

どうしようもなく、僕は恋をしていた。それが叶わなかっただけ、よくある話。ただ無為にひとつの出来事を引きずって、何もできない自分を正当化しているだけ。

何度そう結論づけても、僕の心は晴れなかった。

ひょうひょうとした受け答えしていた彼女、読書が好きだというけど一貫性はなかった彼女、車の運転がとても荒かった彼女、古典が好きという彼女に合わせてアンナ・カレーニナを読んでみたら「あんな長いのよく読めるね」と言われたこと、興味ないけど村上春樹の話をされたので短編を読んでみたこと、いろんなことを思い出せる。

何度だって言おう。僕は彼女が好きだった。何年も前の話だけど、僕は彼女のことしか考えられなかった。

でも僕は変わらなければいけなかった。彼女を好きで居てはいけなかった。だって、その恋は叶うものではないから、その先にあるものは絶望とか地獄とか、そういう名のつくものだから。だから僕は自分を殺した。自分を変えなくてはならなかった。

でも何年経っても、僕は変わらなかった。どれだけ泣いても、どれだけ時間が経っても、僕は変わらなかった。それが、今の僕だ。

幸せになりたい。僕はいまそう思っている。だけど同時に、幸せになんてなれないとも思っている。

だって。

いや、これ以上醜い自分を表すのはやめておこう。

何が言いたかったんだろう、何が書きたかったんだろう、もうわからない。手が震えている、身体が震えている。

この文章を書いたのは、少しでも楽になりたかった。自分の中にしかないものを、どれだけ汚い汚泥でも吐き出して、楽になりたかった。ただ、それだけ。

ただ、それだけ。

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