とりとめのない、独白

515hikaru
2 min readJul 11, 2018

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ぼーっとしていると、いつの間にか一日が終わっている。

日々自分が無力だと感じ、他者へ影響するのをやめ大人しくしようと思う。そうするとますます自分がさして何をしているわけでもなくなって、無力だと感じる。思春期だろうか。あるいは中二病だろうか、名前なんてなんでもいいが、なにかに意欲がわくこともなく、ただ漠然と悩み続けている。

そして松屋でご飯を食べる。そんな毎日だ。

ただただ淡々と日々が過ぎていく。

会社は人が増え日々変わっている。業務プロセスを改善しようと動き始めている人が居たり、バックオフィスや総務・法務関係の整備をしている人が増えてきたりしている。それでも人が足らないと採用活動をより激しくしている。きっと変化の激しい職場なのだろう。だが、わたしは何も変わっていない、気がする。

焦っているわけではない。ただ自分が全力を出さなくても職場は回り、会社は成長し、人が増えていくフェーズになった。自分が居なくても、明日わたしが死んでも会社はきっと成長するだろう。喜ばしいことだ。

そんな中で、わたしはただただ日々が過ぎるのを待っている。なにかに取り憑かれたように手を動かしていた自分が死んで、まるで抜け殻となったようだ。今はただ少しずつ少しずつ、ゆるやかに死に近づいていくことしか、わたしはしていない。ただただ死ぬために生きている。

自分がこれから何をするんだろう。何をしたいんだろう。と柄にもなく考えてみる。大して何もしたくはない。そもそも、何かを為したいと思ったことがない。

自分が誰かに影響を与えることが嫌だ、と思うようになって3年ほど経つ。誰とも関係したくない、自分が死んでも誰も喜ばない、誰も悲しまない、そんな人間でありたいと今も少し思っている。

夏はそんな気持ちが強くなる。否が応でも、この暑さが、この日差しの強さが、わたしに思い出させる。

夏は嫌いだ。美しい思い出も、嫌な思い出も増幅され、わたしを乱し蝕む。

この文章もなにか目的を持って書いたわけじゃない。

ただ言葉を投げる「相手」がいないわたしが、誰に言うでもなく、かといって自分だけに秘めておくこともできずに、今日思いついた言葉をそのまま紡いでいる。

誰の毒にも薬にもならないだろうけれど、それさえもしなくなったら、わたしは本当に何もしなくなってしまう気がしたから。

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