ファイアーエムブレム風花雪月 感想

515hikaru
4 min readNov 18, 2019

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久しいな。ゲームの感想を書くのは。

ファイアーエムブレムとの出会い

ファイアーエムブレムを初めてプレイしたのは15年ほど前になる。当時最新作だったゲームキューブの「ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡」をプレイした。僕は没頭していた。ノーマルだったかハードだったかもう覚えていないが、序章から終章までクリアするのにとても時間がかかった記憶がある。

当時の僕はストーリーと戦闘が面白いと思っていた。何よりも頭を使うゲームの面白さを知ったのはこのゲームが初めてだったと言っていい。

後にゲームボーイアドバンスの烈火の剣、聖魔の光石などもプレイした。蒼炎の軌跡の舞台の続編となるファイアーエムブレム暁の女神もクリアした。

しかし、暁の女神を契機に、僕はファイアーエムブレムからしばらく離れる。それはそもそもゲームをやらなくなってしまったからだが、他にも理由を挙げるとするならば暁の女神は仲間を成長させる喜びに乏しかったからだ。暁の女神は複数部の構成になっていて、部ごとに仲間が変わる。最初は弱い仲間をレベルアップさせていくよりも、最初から強いキャラを編成して戦うほうが確実というゲームバランスになってしまっていた。

蒼炎の軌跡にハマった理由のひとつに、主人公アイクはもちろん、初期から居るグレイル傭兵団の仲間たち、道中参戦するラグズの仲間など、成長することで強くなることが嬉しいし、戦闘中に頭を使って育てることに意義を見出していた。だから暁の女神にはあまりハマらなくて、正直ストーリーさえあんまり覚えていない。

そんな僕はファイアーエムブレム覚醒もifもやらず、とんと無縁な生活をしていた。そして風花雪月も発売するまで存在さえ知らなかった。

より増したファイアーエムブレムの魅力

子供のときから大人になるにつれて、単にゲームひとつやるにも面白いと思うところは変わっていく。僕自身、昔は戦闘の面白さに惹かれていたわけで、ハードやマニアックといった難易度に挑戦して、仲間をなるべく死なせないように頑張るのが楽しかった。しかし、今難しいゲームに挑戦する心の余裕なんて正直ない。

もちろんものによるが、ゲームでもなんでも人と人との関係性が描かれていると、その世界に深みが増す気がする。ファイアーエムブレムの世界は必ず戦争が起きている。当たり前だが、戦争が起きている世界は人間関係がさまざまだ。幼馴染との共闘したり逆に敵対したり、男女の蜜月もあったり。

今までのファイアーエムブレムでも、そうした内容は描かれていたし、一部の人にとってはかなり「そそる」ものだったのだと思う。昔いわゆる個人サイトでファイアーエムブレムの二次創作小説とかを書いている人も居た。

そうした人間関係の模様に主人公(教師)として介入したり、観察したりできるのが、ファイアーエムブレム風花雪月というゲームだ。つまり、キャラの成長に加え、キャラ同士、キャラと主人公との関係性までも堪能できるようになったゲームだ。いわば戦略シュミレーションゲームつき学園ラブコメである(ほめてるのかけなしてるのかわからない表現)。

では戦闘がつまらないものかというとそうでもなくて、戦技・魔物との戦い、計略などの要素が増えているし、キャラのスキルを上げるのも教師たる自分が指導しないといけない。

感想

久しぶりにゲームをクリアできた、というくらいには面白かった。僕にとっては、ファイアーエムブレムの大きな魅力である、「キャラ同士の支援会話などから観察される関係性」と「適度な難易度の戦略シュミレーションゲーム」というのが両立していたように思う。どちらかが重視されすぎても、ファイアーエムブレムとしての魅力は薄まってしまう。

自分が選ばなかった学級の生徒を、自分が殺すことになったりするのはとても心苦しいし、安易にスカウトしたら祖国と敵対することになったり、かなり厳しい表現も多いゲームだけど。そうした残酷さも魅力かなと感じる。

まだ1周しかしていないので見たものがとても少ないから、もう少しいろいろやりたい。1週目はあまり何も考えずエーデルガルトと頑張ったので、次はファーガス神聖王国でよしなにこう、いい感じにしようと思っている。

まとめ

そもそも2周目を頑張ろうなんて思えたゲームめちゃくちゃひさしぶりである。頑張ろう。またとても時間がかかるかもしれないけれど。

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