体に染み込んだ音

最近Apple Musicで古い曲を聴くことが増えた。小学生の頃流行っていた一発屋の曲や、今はあまり名前を聞かなくなったバンドの曲。例えばアンダーグラフのツバサとか、GLAYのWinter Againとか。気軽にこういう曲を聞けるのはいいと思う。

そして思うのだが、昔流行ったものや好きだったものは「懐かしい」という感情も相まってより良いものに感じられる気がする。きっと、昔流行った曲を別の誰かがカバーで歌ってたりするのは僕みたいな人へリーチする手段なんだろう。

音楽は、体が覚えている。僕はいつ東京事変のスイートスポットを聞いてもある女性のことを思い出すし、いつミスチルの365日を聞いても高校の時に自宅で1人泣いていたことを思い出す。曲を聴くと蘇ってくる。

ツバサを聴くと、少なくとも流行ってたことは思い出せるし、僕は「君の声」という曲が好きだった。その曲名は忘れていたけどサビのリズムは覚えていた。

曲がりなりにも24年生きて、ただ音楽だけでも思い出せることも増えた。まだまだ増えていくのだろうか。それとも、もう増えないのだろうか。

就職すると決断した時、僕はなんの音楽を聴いていただろうか。もう思い出せない。星野源の「恋」が流行った時期だ。音楽が「時代」に定着するのはもう終わったのだろうか。それとも、僕が当時ただ音楽を聴いていなかっただけか。

いずれにせよ、良い音楽は人生を豊かにしてくれる。Apple Musicの解約はしばらくは考えられない。

自分語り専用ブログをやっていく。

自分語り専用ブログをやっていく。