最近感動することが減ったように思う。強いて言うなら『アジャイルサムライ』の本文の終盤や訳者あとがきは感動して涙が出そうになったが、それくらいだ。感情が揺り動かされたことがここしばらくない。すべてが淡々としている気がする。

物語を摂取していないせいだろうかと、この休日を利用して『迷宮百年の睡魔』や『赤目姫の潮解』を読みふけっていた。しかし、あまり熱が上がらなかった。久しぶりに読む小説としてはレベルが高すぎたのかもしれない。

なんとなく満たされない気持ちがある。何をもって充実とするのかはわからないが、少なくとも女の子と遊ぶこと、やりがいのある仕事、今以上の給料、どこか遠くへ旅行にいったことといったステレオタイプな充実感を望んでいるわけではない。

自分が何かをできるようになった、自分が困っていた課題を解決した。そういう経験がここのところない。仕事でも、プライベートでも。強いて言えばコツコツと家計簿をつける習慣をなんとか身につけつつあるが、これも「課題を解決した」と言われると微妙だ。今までできなかったことができつつあるのだが。

創作でもするのがいいのかもしれない。個人でソフトウェアを作ってもいいし、小説を書いてもいい。あるいは全く絵心がないが絵の勉強をするのもいい。自分のために自分が創作をするのは非常に健康的な営みだ。公開してもしなくてもいい。

そんなことを考えるが、結局手は動かないまま今日も1日が終わろうとしている。結局自分で生み出したものは思いつくままに書き散らかしたこの記事だけだ。

この一ヶ月は本当に忙しくてしんどかった。だからまだ充電期間が必要なのかもしれない。あるいは最近職場の人以外と会うことがほとんどなくて、外部刺激がないのかもしれない。考えられる原因はいくらでもある。おそらく思いついていない原因も含め相互作用だろう

今は静かに1日いちにちを過ごすべき、そう身体が訴えているのかもしれない。

以下全然関係ない話。GitHub のプロフィールの所在地を「東京」に変えたら「お前のGitHubを見た」というメールが2件来た。偶然かもしれないが、こんな時代に住んでいる場所で(実際に入社をするかはともかく)リクルーティング対象になるかどうかさえ決まってしまうなら、さすがに時代錯誤な気がする。

とはいってもGitHubプロフィール以外にも自己紹介ページを(雑に)作ったりとかしたのでその影響もあるかもしれない(公平のために書いておく)。あんなのでメールを送ろうと思う人の気が知れないが。

ここで宣言しても意味ないけど、基本的にはしばらく転職をする気はない。しかし、HaskellとかScalaとかいわゆる関数型の言語を書く仕事をやってみたい気はしているので、そういう案件があるなら話くらいなら聞きたいかもしれない。なお筆者はどちらの言語も実務経験はない。

自分語り専用ブログをやっていく。

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