結婚願望について

酔っているのもあってこんなことを書こうと思ってしまった。思ってしまっただけならいいのだが、手を動かし始めてしまった。書く前からわかっているけれど、以下に書くのは恥ずかしい話である。

わたし 515hikaruTwitter でフォローしたり、非公開リストにつっこんで監視しているような人であればわたしが時折「結婚したい」、「結婚ではないかな」などのツイートをしているのを見たことがある人が多いと思う。自分の中では(あくまで思考の文脈を抜粋しているとはいえ)本心をツイートしているのでネタツイートでもなんでもないのだけど、一部の人から面白がられているようで最近意図的に(思っても)ツイートしないようにしている。

とはいえ、思うからには結婚というものに対して考えていることがあるわけで、今日は珍しくそんな話です。

とりあえずわたしは都内在住の26歳、男性、会社員です。これは別に婚活の表明でもなんでもないのでそれ以上に具体的なプロフィールは書きません。

わたしは異性愛者であり、特に恋愛に対して大きな抵抗感を抱くはずもない生き方をしてきたはずです。実際女性との交際経験が0じゃない。しかし、諸事情によりここ5年ほどほぼわざと女性との交流を断絶させてきた。この交流というのは交際という話ではなくて、例えば連絡先の交換もしないし、自分から懇親会などで話しかけることも避けるし、なるたけ物理的にも精神的にも距離を置くようにした、し続けてきた、という意味。

上記の行動について批判もあるかもしれないけど(女性差別では?と言われたらわたしは反論する術を持ちません)、わたしはわたしなりに人を傷つけないようにやってきたつもりです。女性を嫌悪しているわけではなく、無関係な他者として共生していこう、そんな意識でやっていました。なぜそうまでして関わりを絶ちたいと思ったのかについては、ここには書けません。

さて、諸事情というのが残念ながら(わたしの気持ちの問題で)説明できないのだけど、臆病な自尊心と尊大な羞恥心みたいな、わけのわからないオタクの自意識のせいだと思ってくれればいいと思う。もはや自分にとってはその程度のものだと思っているけど、その程度のものが自分にとってどうしようもなく重要になってしまってそれを壊せずにいる。だからこそ李徴は虎になったのだし(何の話?)。

で、そんな自分がなぜ結婚願望なるものについて書いているのかと言うと、平たい話が諸事情とやらも時間を経てば色褪せてそろそろどうでもよくなってきた。併せて、自分の年齢および両親の年齢や健康を考えたり、両親と3人で行った洋食屋で祖父母と孫みたいなペアのテーブルを見た母親が「あんなおばあちゃんになりたいな〜」と言っているのを聞いてしまったらさすがにこんな状況でいつまでもずるずる生き続けるわけにもいかんやろと思うわけで。

さて結婚とはいわずともまず女性と出会う場とか機会とか作んないといけないじゃんね。と思い始めたのが今年の4月。前職(スタートアップ)を退職して、精神的に余裕ができれば行動に移せるんじゃないかな〜とか思っていました(別に職場で精神的に追い詰められていたわけじゃないよ!)。

どうやら、いつからとか具体的なことは知らないんだけど、いつの間にか男女の交際とかそういうのってマッチングアプリなり結婚相談所なりが主流になっている?様子で。なにせ5年間普通の異性愛者が何をして過ごしているのかに興味がなかったわけですよ。その間にデーティングアプリ(という用語であっていますか?)は既に成熟しきっていたんですよね。わたしからすればTwitterでブロックしてもブロックしてもよく見るな〜と思っていたアプリというだけだったんですが。そりゃね、ブロックしてもしても出てくるわけですよ。

そこではて、わたしは情報の洪水に困ってしまうわけです。だってもう情報量がすごい。男女関係なんてマジョリティに関心のある共通の話題なわけでそれはそれは大量の情報が溢れてる。デーティングアプリをまとめたブログなんて山ほどあるし、広告にまみれていてなんにも信用ならんわけです。ちなみに他に信用ならないのは金に関する話と不動産に関する話と医療に関する話。

情報の洪水以外にも自分を立ち止まらせた要因は他にもあって。まずは異様なほどのルッキズム。盛れてる写真で目を引こうみたいなの、わかるけど正直狂気を感じる。あとは男女で課金体系が大きく異なること。内容が内容だけに需要と供給で仕方ないのかなとも思うけど、男女で料金が違うサービス基本的に使いたくない(たまーに男女で料金違う飲食店とかあるけど絶対に入らない。仮に男性側のほうが安くても入らない。不平等さが嫌い)。

何より一番感じたのが「作業ゲーじゃんこれ」ってこと。アプリを否定したいわけではなくて、どうせ今までも出会いなんてわけのわからない謎の力によって行われてきたわけだし、アプリで出会ったほうが、少なくともお互い男女の付き合いをしたいという意思はあるし、やりやすいといえばやりやすいじゃんという気持ちはあります。だけどデーティングアプリを活用してい人たちがやっていることが、出会いを繰り返して男女交際に発展させる「作業」に見えて仕方がない。作業したい?って聞かれたらNoじゃん。わたしはプログラマなので自動化したいです。

他にも例えば下記のように、年収だとかの「記号」が過剰に重視されている感じを受けていて、「記号」で相手への態度が変わるような人と一緒に生きていける気がしないという気持ちもあります。

デーティングアプリ、婚活、まぁ言葉はなんでもいいけど、いま主流となっている?(なり始めている?)男女の出会いについてポジティブな面ととネガティブな面を両方感じていて、そして自分の中で「恋人がほしい」とか「結婚したい」という感情が高まっているとしても、結局わたしがやることって「金を払って出会いという作業をする」ことなんですよね。もう一回言うけど「金を払って作業したい?」って聞かれたらNoだよね。

人に出会うことは楽しいことかもしれないし、出会う過程で自分のことがわかってくるということもあるのかもしれない。だから何もしないよりは1人会ってみるみたいなのもあるのかもしれない。でもそれってあまりに無責任という感じもします。

さてここまで書き散らかしたんだけど、結局のところ自分にはそこまで結婚願望がないって、ただそれだけだと思うんだよね。全然気持ちがわからないんだけど、知っている男にも女に関することだけ妙にやる気になる男とか本当にいるし、ペニス駆動開発って本当にあるんだなって思ったりする。

わたしは恋人がいない期間が長すぎてそれについてとくになんとも思っていなさすぎているし、なんやかんや仕事しているし。プログラミング楽しいし。生活にこれ以上他の要素必要?って考えるとよっぽど強い動機がない限り要らないんだよな。いま考えているわたしの幸せに、パートナーは要らないんですよ。

XさんかわいいなとかYさんきれいだなとか思いますよ。だけどそれまで。わたしはむしろXさんもYさんもわたしとは一切の関係がない場所で幸せになって欲しいなと思います。だってその人にとっての幸せに男性は必要ないのが普通だと思うし、それが普通な社会になってほしいので。

自分語り専用ブログをやっていく。

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