最近よく泣く。

中学のときくらいまでは全然泣かなかったし、泣くなんていやだった。感動するコンテンツとか見ても涙は流さなかった。高校時代から少しずつ涙もろい人の気持ちがわかり始めた矢先、大学時代に涙が枯れるようなことがあってまたしばらく泣かなくなった。

最近はよくスポーツ、特にサッカーを見て泣いている。試合内容とかもあるけど、監督や選手、サポーターが勝利に向かって全力をぶつけあう光景になんか感動する。特に観客席のサポーターとか見ながら泣きがち。

でもこの涙ってなんか反射みたいなもので、特に深い意味はないというか、泣いたからって心がスッキリするとか、何か解決するとか、すごく嬉しいとかすごく悲しいとかそういうわけでもない。

じゃあ大きな感情の昂りで泣いている時ってどういうときかというと、もちろん悲しいことがあったり、すごく嬉しいことがあったり(あんまりないなこの経験、大学受験の合格発表くらいか?)したときだ。それともうひとつ自分の中にあるのが、自分が解放されたとき、というのがある。

自分が解放されたときってどんなときなのか、具体的に説明するのはとても難しい。抽象的に言えば、自分を縛り付けていた枷が外れた時だ。枷をつけているのは他人かもしれないし、自分かもしれない。

自分の身になにか気づきというか、自分が言うなれば一歩前進したとか、なにか大きな気づきを得た時とか、ただただ涙を流すことしかできなくなることがある。

きっかけは色々なものがある。例えば、今でも覚えているんだけど、涙も枯れたと思っていた 2015 年の年初ごろ、僕は ○○妻というドラマのエンディングと、そのドラマのエンディングテーマだった椎名林檎の至上の人生を聞いて、誰もいない実家の居間で泣き崩れていた。どんな風に泣いていたのかは僕しか知らないはずだけど、日本語で適当な表現は慟哭だと思う。

本当に涙が枯れたのはあのときだったのかもしれない。

冗談ではなく詳細は忘れたんだけど、あのとき自分のなかでパズルのピースがはまったような感覚があって、感情の蓋が外れてしまって泣くことしかできなくなった。

そんなことは人生でそう何回もあることではないと思うんだけど、いまのところ 2 回ある。このエピソードも入れて。

僕の場合、泣いているからといって何か深い考えがあるわけではない。あと人前で言うほど泣かない。

だけど考えの整理の結果泣くことはあって、人生で何度もないけど、そういうときはタガが外れたように泣いてしまう。

最近涙もろいんだけど、別に後者の意味ではなく、前者の考えなしの涙が増えているだけなので、特に気にしていない。後者が増えることはないだろうし。

ろくでもない人生を歩んでいると自分では思っている、という話は何度かしていると思う。してないかもしれない。

そのろくでもない人生のろくでもなさを思い出す曲というのがいくつかある。

染みついた思い出は時に重くのしかかり、その曲を聞くことさえ嫌になることがある。残念ながらいいことを思い出せる曲はない。
思い出に閉じ込められて — Diary over Finite Fields
https://blog.515hikaru.net/entry/2018/11/18/191133

この、聞くことさえ嫌になった曲をこの記事では呪われた曲と呼ぶことにしたい。呪ったのは僕なのでマッチポンプ感があるのだけどあまり気にしない。

そしてせっかくなので(何がだ?)、そうした呪われた曲たちを紹介しようと思う。どれも僕が普段あまり積極的に聴こうとは思わない曲だ。

Mr.Children

どうしても時期柄、Mr.Children が多い。まずは Candy。

大学 3 年生のときにため息つきながら聴いていた気がする。

他にもあるけど、もうひとつ選ぶならくるみかな。

くるみの Official MV

くるみはどちらかというと高校時代のことを思い出す。いいことも思い出すのだけれど、嫌なこともついでに思い出す。

東京事変

代表曲でもなんでもないが、個人的にはスイートスポットがそれだ。

スイートスポット Live 版

本当にいい曲なんだけど、聴くたびに心臓を鷲掴みにされるような心地がする。

サザンオールスターズ

真夏の果実。

まぁ、これには泣かされましたね。

CIVILIAN(Lyu:Lyu) メシア

メシア Official MV

なんと言えばいいんだろうね。メシアという曲は呪いの曲なのか解放の曲なのかよくわからない。

呪いを閉じ込めた一曲も、こうして聞いてみると懐かしいとさえ思える。

呪いという言葉を使いたくなるほどには、自分の人生の中でもトップクラスの出来事がそれぞれの曲に染み付いていて、それはある種の自分の人生の彩りでもある。暗い色をしているとは思うけれど、でもそれは確かに僕の糧になっている。

なんて、10年近く経ってやっと言えるようになった。